2.江戸時代の走り方について

(6)「神足歩行術」にある動きの推定

神足歩行術 路千鳥

神足歩行術にあるそれぞれの動きについて推定してみました。

1.射和文化史にある神足歩行術[13]

(1)臍納め(へそおさめ)の事

神足歩行術 臍納めは丹田を意識すしてリラックスすること

「気を丹田に納め、首筋や腹や足の先までの凝りを解くことが、 この術の根本原則である。」
ということから、
丹田(体の重心)に意識を集中して、
全身をリラックスすることかと推定しています。

(2)ゆるみの事

①大ゆるみ
神足歩行術 大ゆるみは腰の間をゆるめること

「腰の間をゆるめる。これを大ゆるみと云う。」

腰回りの力を抜く事と推定します。
 ・仙骨、腸骨まわりの腰の力を抜く
 ・背筋の力を抜く
(反り腰にならないようにする)

②小きざみ
神足歩行術 こきざみは股や膝をゆるめること

「股や膝をゆるめる、之を小きざみと云う。」

股関節や膝を倒れない程度に力を抜いて
その結果少し膝が曲がっていることと推定します。

③車さばき
神足歩行術 くるまさばきは足の先をゆるめること

「足の先をゆるめるを車さばきと云う。」

足先まで力を入れない、つまりは
・足で地面を蹴らない
・爪先でも立とうとしない
ことになります。
足は力を入れず、着地時にふくらはぎの筋肉が伸ばされたことによる
筋反射の動きに任せることかと推測します。

また、爪先で立とうとしないため、
千里善走法の「真」の動きで推測したように
爪先が重心真下に着地したときに踵が重心後ろに下りるため、
体が前に倒れて進む力がより強く働くものと考えられます。

そのため、神足歩行術での走り方は、千里善走法の「真」の走り方に近かったのではないかと推定しています。

千里善走法 真の歩驟
千里善走法の「真」の走り方 推定(動画はここをクリック)

(3)歩き方(歩き始め)

「歩き方は、初の一里はゆるゆるとあゆみ、
気が丹田に落付き体中の凝が解けて足が軽くなってから速歩に移る。」

いきなり早く走るのではなく、
ゆっくり体を慣らしながら徐々にスピードを上げることを説いています。
この点は千里善走法でも同じことが書かれています。

(4)腰千鳥、千鳥車

「腰千鳥と云うのは腰の回転を滑にすること。」
「千鳥車は脚の運転を滑らかにすること。」

千鳥は、歩くときは1秒間に8歩、1分間480歩近いペースで歩きます。
千鳥、という言葉で、高速で足を動かすことを伝えているのではないかと推測しています。

(5)歩き方

「小腰、小きざみに歩く事」

 

大またでのっしのっしと歩くのではなく
小股でちょこちょこ歩くこと、と推測します。
小股で歩くことで、爪先を重心真下に着地しやすくなりますし、
着物で歩くときも裾が乱れにくいです。

「足先三寸を見詰めて歩く」

足先三寸(約90センチメートル)を見ながら歩くことで
 ・足元の安全を確認しながら(当時は道が悪く、地面に兎の穴や木の根などがありました。)
 ・顔が上を向かないので、息が切れにくい(忍者の走り方の「力底」[8]のように)
 ・身体が前に傾くので、重心が前になって体が前に進む
という効果があるものと推測します。

2.名古屋叢書にある神足歩行術[14]

(1)路千鳥

神足歩行術 路千鳥
路千鳥 推定(動画はここをクリック)

名古屋叢書にある神足歩行術の第1日目の練習である路千鳥。
千鳥の様に高速で足を運ぶ練習と推定します。

室内で行っていたことから、
・外履きを履かずに裸足あるいは足袋で
・ほんの2,3歩、数メートルだけ歩く練習
であったと思われます。

よく「千鳥足」といいますと、
酔っ払いの「どこに行くのか分からないフラフラした歩き」を指しますが

実際の千鳥は、
立っているところから急に足を高速で動かして歩きます。[16]

その足の速さは、1秒間に8歩ほどのペースです。
現在のマラソン選手で1秒間に3歩ペース、
短距離走の選手で、1秒間に4,5歩ですから
千鳥の歩行は、かなりの高速です。

そして千鳥は、少し歩いては止まります。

このことから私は、
第1日目に練習する路千鳥とは
室内で千鳥の様に数歩だけ高速で歩くことを
練習していたものと推定します。

(2)千鳥車

神足歩行術 千鳥車
千鳥車 推定(動画はここをクリック)

路千鳥を一日練習した翌日のメニューが千鳥車です。
そのことから、路千鳥からもう少し長く歩行する練習が
千鳥車ではないかと推測しています。

(3)片足休み

神足歩行術 片足休み
片足休み 推定(動画はここをクリック)

名古屋叢書にある練習の5日目にある「片足休み」
片方の足にほとんど体重をかけずに走る方法と推定しています。

千里善走法の「行」が6:4ですが、
それよりも比率が偏り、例えば8:2くらいで走るものと思われます。

これが出来ると、走っている途中で片足が調子悪くなった時に、
もう一方の足で走り続けられるようになります。

忍者ですと、片足が負傷したとき、
そこで立ち止まっていたら敵につかまってしまいます。

そのため、どんな状況でも走り続けられる訓練の一つとして、
この走法があったのかもしれません。


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参考文献

[13]伊勢射和村「射和文化史」p51-54(竹斎と神足歩行術の章より)昭和30年刊 国会図書館蔵

[14]岩倉規夫「古書巡礼⑨ 神足歩行術」 雑誌「統計」1981年12月号p32-34 国会図書館蔵

[16]千鳥の歩き方は、例えば下記のYouTubeにあります。

https://www.youtube.com/watch?v=3MUqs7QjdE8