1.江戸時代の歩き方~当時の走り方を理解するために~

「人々は皆がみな爪先で歩いている。」

~小泉八雲「神々の国の首都」にある明治20年頃の記録より~[1]

歩く人の浮世絵

菱川師宣 吉原の躰(てい)

(1)江戸時代の歩き方について

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①資料に見る江戸時代の歩き方

江戸時代の走り方を知るために、
まずその前提となる当時の歩き方を知ることが大切です。

今の私たちが普段歩くとき、
手足を大きく振って、手と足は左右逆側に振って
そして、踵(かかと)から足を地面におろして歩く方が多いと思います。

現代の歩き方は、明治時代に西洋諸国に追いつくために、
西洋諸国の歩き方を軍隊や学校教育で取り入れた結果だそうです。[2]
そのため江戸時代以前の日本人は、この歩き方を知らなかったものと推測されます。

・浮世絵に見る江戸時代の歩き方

では、江戸時代の日本人は、どのように歩いていたのでしょうか。
当時の動画はありませんので、当時描かれた絵(浮世絵)から推定してみようと思います。

浮世絵にある当時の歩き方の特徴は

大きく手を振って大股で身体の前に足を伸ばして
踵(かかと)で着地する現代の歩き方とは異なり、
手はほとんど振らず、小股で、どちらかと言えば
足の爪先側で身体の真下に着地しているようです。

背景には

ということもあるかと思います。

・小泉八雲の記録

また、明治二十年代に日本にいた外国人、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、
当時の日本人の歩き方について、以下の記録を残しています。

・・・・・・・

明治二十年代、ラフガディオ・ハーンが、島根県松江地方で目撃した住民の歩行

「人々は皆がみな爪先で歩いている。
(中略)
歩くときにはいつもまず第一に足指に重心が乗る。
実際、下駄を用いる場合にはそれより他に方法がない。
なぜなら、踵(かかと)は下駄にも地面にもつかないから。
真横から見ると楔形(くさびがた)に先細りした下駄に乗って
足は前のめりになって前進する。
一足の下駄に足を乗せて立つだけでも慣れない者にはむつかしい。
でも、日本の子供たちは少なくとも三インチ(七・六センチ)の高さの
下駄をはいて、鼻緒を親指と次の指との間に引っかけただけで全速力で走る。
彼等はつまづいて倒れることもなければ、下駄が足から抜け落ちることもない。
大人がはくのは木で出来た台に五インチもの歯をつけた高下駄で、
床几(しょうぎ)の漆塗りの小型模型と言った具合だが、
それを履いて男たちが歩き回る格好はなお一層奇妙である。
彼等は足に何もはいていないかのように大股で思うさまに歩く。」

(小泉八雲「神々の国の首都」平川祐弘編より)[1]

・・・・・・・・・・・

まだ江戸時代の余韻の残っていた明治20年代の松江の日本人は
かかとを地面に着けずに爪先で歩いたり走ったりしていたようです。

小泉八雲をはじめとして、江戸末期から明治初期に来日した数多くの外国人が、
日本人の歩き方の特異性を記録しています。
それをまとめた谷釜尋徳の文献[3]によりますと、
当時の日本人の歩き方の特徴は、以下に集約されるそうです。

①引きずり足  履物(下駄、草履)を引きずって歩く
②つま先歩き
③前傾姿勢
④小股、内股(特に女性)

外国人から見るとかなり奇妙で歩きにくい姿に映ったようで、
その原因は着物と履物(下駄、草履)のせいであると思われていたようです。

また、ナンバの研究をはじめ日本人の歩行形態についてまとめた
木寺英史の文献[4]によると、
明治以前の日本人は、足の親指と人足指で鼻緒をはさむため、
爪先、特に足の親指に強い荷重感があると考えられるそうです。

②資料から推定する江戸時代の歩き方

以上の資料から、私は 江戸時代の日本人の歩き方は、以下のようなものではないかと推定しています。

江戸時代の日本人の歩き方(推定)

  • ・前の足は膝を曲げて、爪先から真下におろしている。
    かかとはほとんど地面につけない。
  • ・大股ではなく小股で歩く
  • ・手はほとんど振らない(身体をねじらない)

小股で、身体をねじらず歩けば、
着物の乱れも少ないものと考えられます。
とはいえ、裾を気にしない恰好の男性は、
小泉八雲の記述するように大股で歩いてもいたようです。

また、膝を曲げて爪先着地すれば、
裸足でも着地の衝撃が和らぎ、
膝を伸ばしてかかとから着地するより、
ずっと足・膝に優しい歩き方になるものと考えられます。

【次ページ:1(2)江戸時代の歩き方(推定)の再現 に続く】

参考文献

[1]小泉八雲「神々の国の首都」平川祐弘編p107 講談社学術文庫1990年

[2]斎藤香代「戻れない身体」音楽教育実践ジャーナルvol.6 no.2 2009.3 p18-23

[3]谷釜尋徳「幕末~明治初期における日本人の歩行の特徴について」
日本体育大学紀要36巻1号(2006)1-18

https://library.nittai.ac.jp/kiyou/docs/36-1-1-18.pdf

[4]木寺英史「日本人の「歩行形態」に関する研究」
奈良工業高等専門学校 研究紀要 第46号(2010)49-54

https://www.nara-k.ac.jp/nnct-library/publication/pdf/h22kiyo10.pdf